読書メモブログ

読書して思ったこと・分かったこと

勉強をする意味や理由を見出すための1つの考え方

なぜ勉強をするのか

その答えは1つではないかもしれません。
人によって回答も違うと思います。

そういう意味では、自分で自分なりの答えを見つけるべき問いかけなのかもしれません。

 

ただ、その「なぜ勉強をするのか」の疑問に対する答えとして、シックリ来る答えの1つに「知的生活習慣 (ちくま新書)」という本で出会いましたので、それを紹介させていただきたいと思います。

勉強があなたを豊かにするキッカケになるかもしれません。

 

勉強をする意味は何かの1つの答え

結論を先に言いますと、勉強をする理由は”生活のためです。

勉強をする事で得られる知識やノウハウのようなものを重視する考え方は間違いで、そのような考えのもとで勉強をするのなら、その時間は全て無駄。意味がない。

作家の外山滋比古先生は「知的生活習慣 (ちくま新書)」の中でそう言い切る勢いで書かれています。

知識そのものにそれほどの意味も価値もない

外山滋比古先生の書かれる著書に共通するのが、知識そのものに意味はなく、考えることにこそ意味も価値もあるというものです。

そう書かれると、考えるには知識が必要だから、結局勉強は必要なんじゃないの?大切なんじゃないの?となってきますが、どうやらそういうニュアンスで知識を否定しているわけではないようです。

知識量が多い少ないの差があるとして、それがどうした?
記憶力が良いからといって、だからなんだ?

みたいな、その知識、その記憶力を活かす場面が、自分の優秀さを誇るためのものだとするなら、勉強なんて意味はない。

そういうニュアンスで仰っておられます。

勉強をする理由は生活のため

外山滋比古先生の考え方の土台は「生活が一番大切」という信念があると、先生の著書を通して感じています。

知的生活習慣 (ちくま新書)」の中では、それをこんな風に述べられています。

自分の生活を知的にする。そして知的なものを生活化する。さらに、知と生活の融合をさせられれば、人間としての価値は大きく高まる。

(中略)

多くはこの知的生活の発見、生活的知性の覚醒ということに収斂していくように考える。知識と生活の手を結ばせることができれば、これまでの生き方と違った人生が可能になる。知的生活習慣の確率はその具体である。

184頁

生活の中に知性を反映させてこそ、知性に意味も価値もうまれる。

つまり、生活の中に知性を活かそうとする姿勢こそが大切で、知性を豊富に持っているけど生活に反映させようとしていませんという姿勢を通すのなら、知性を蓄えるプロセスすべてが無意味で無価値ですよ。

そういう事なのだと僕は解釈しています。

学歴や資格試験などは本来の目的から逸れていく

日本は学歴や資格の有無が非常に重要ですしそれが揺らぐ気配もありませんが、ただ、大切なのはやはり生活にそれを反映させることができるのか否かであるのは間違いがないと思うのです。

仮に英検1級を持っていたとしても、それを活かして生活をよりよくしようとしているのか、していないのかで英検1級を持っている意味も価値も全くかわります。

なのに、英検1級を持っているだけで、すごい、立派!と褒める空気があります。これは間違いだということです。

生活に活かさない知識なら、その知識を得る時間を生活をよくするために使うほうが遥かに生産的だという考え方が外山滋比古先生の考えです。

  • その勉強をすることで、自身の生活がどう豊かになるのか?
  • 今得ている知識で生活を豊かにするにはどうすればいいのか?
  • 生活を豊かにするには、次は何を学べばいいのだろう?

それを考えることこそが大切で、だから勉強よりも思考が大切だということを外山滋比古先生はよく仰っておられるのだと僕は理解しています。

まとめ

なぜ勉強をするのか。
これの答えとして「生活のため」というものがあります。

そりゃそうだと思うのか、いや違うだろと思うのかは人それぞれかと思います。

ただ、生活のためだとおっしゃっておられる外山滋比古先生は、”生活より大切なものはない”という信念が土台にあり、その生活のために勉強がある。

勉強をするために生活があるのでもないし、生活に反映しない知識なんてものは価値がない、そういう考え方をもされています。

僕はこれも1つの答えだと思いますし、むしろ、すごく理に適った考え方なので、大好きです。

 

これが絶対的な正解だと押し付けるつもりはありませんが、これも1つの答えだとして、今の自分にあてはめてみて、勉強と生活の関係性を見つめ直してみる。

そうすることで何か見えてくるものがあるのではないでしょうか?