読書メモブログ

読書して思ったこと・分かったこと

生きづらさを手放すために習慣を変える

生きづらさ

おそらく全ての人が、大なり小なりそんなものを感じていると思いますが、いかがでしょうか?
僕は感じています。

ただ、そんな生きづらさを紐解いていくと結局は自分が自分で作ったものでいきづらさを感じているな・・・とは思うし、だからこそ自分次第でなんとかできる余地はまだあるのかな?とも思っています。

 

そんな中「ぼくたちは習慣で、できている。[増補版]」という本を読みながら、習慣について改めて考えてみると、こんな事を思ったのです。

ご褒美の設定”が間違っているから、いきづらいんじゃないの?と。

生きづらさは、自分にとってプラスになるご褒美を設定した新しい行動を習慣化することで少しずつ手放していけるんじゃないの?

そんなことをふと思ったので、それを書かせてもらいます。

生きづらさを手放すための習慣の書き換え

生きづらさは、生きづらいを感じる感じ方が習慣として身に沁みついていることが理由なんじゃないかな?と思うのです。

もしそうだとしたら、習慣なんだから書き換え可能だし、書き換えられるのだから、自分にとってプラスになるものに変えることができるんじゃないかな?とも思うんです。

目先のご褒美と後で貰えるご褒美

人は目先の欲に反応する生き物で、未来に大きな利益があると分かっていても目先に報酬があるとそちらに動く生き物だということが分かっています。

 

マシュマロ実験と呼ばれる有名な実験があります。
目先の1つのマシュマロを20分我慢すると、ご褒美に2つのマシュマロをあげるよというものです。

これを我慢できない子供が多いので、人間は目先の報酬には弱いし、意思の力だけでは限界もあるよねって実験ですが、中には我慢ができる子供もいます。

なぜ我慢できたのかと言えば、我慢することでもっと大きな報酬が貰える事に確信があったためだということも分かってきています。

例えば、2個のマシュマロを家に持って帰るとお母さんが褒めてくれそう、喜んでくれそうと言ったことが分かっているので我慢できたという子供も居たそうです。

その子供にとっては、”目先のマシュマロ < 我慢したら貰える2個のマシュマロ < お母さんの褒め”となっていて、中でもお母さんからの褒めがある確信があったので、目先のマシュマロを我慢するのは苦でもないんです。

 

人間が目先の欲求を我慢できるのは、それを我慢した後にもっと大きな報酬があることを”確信できている”からだというのが結論なのですが、これは見方を変えると、より大きな報酬だけが理由じゃないと思うのです。

習慣のメカニズムと報酬としての”罰回避”

習慣系の本を読んでいると、次のような習慣のメカニズムがよく出てきます。

  1. キッカケ
  2. 行動
  3. 報酬

この3段階をグルグルと回るのが”習慣”であるとされています。

先ほどのマシュマロ実験の例を用いますと、我慢ができる子供は、我慢するという行動によってより大きな報酬が得られることを知っているので、そうすることが習慣になっていると言えます。

 

また、習慣を変えるアプローチは次のようなものが良いとされています。

  • キッカケを変える
  • キッカケから繋がる行動を変える
  • 報酬を変える

このようなものが良いとされています。

 

ただ、報酬だけが習慣を作るのではなくて、罰によって習慣が作られるというケースもあると思うのです。

  • ある行動を起こすと、怒られる(罰)ので我慢する。

マシュマロを我慢した子供がこれが理由で我慢をしていたケースも考えられるはずですし、意外とこの習慣が染みついている人は多いと思うのです。

つまり、報酬として”罰の回避”というものが設定された習慣が組み込まれているケースがあり、これが生きづらさを生んでいる気がするのです。

罰回避と生きづらさ

生きづらいと感じる。

その中身を紐解いていくと、”我慢することで罰を回避する”という習慣が定着しすぎた結果なんじゃないかな?と思うんです。

例えば、”他人には笑顔で接すること。それが出来ないと叱られる。”というパターンが習慣として定着していると、いつも笑顔でいなければいけないという強迫観念に駆られます。

それを年がら年中続けていれば、そりゃ疲れますし、生きづらいです。

頑張って笑顔で過ごしたところでそれを周囲は当たり前だと思っていますから、報われることもありません。ただただストレスだけが増していくだけです。

それに、頑張ってもご褒美が罰の回避ですから、上手くいったときは生き延びたかのような変な安心感を感じることはあっても、やり遂げた達成感や、良い事をしたな・・・という満足感を得ることはないはずです。

頑張ってもプラマイゼロ、失敗したらマイナスというベリーハードな条件を設定された生き方なのですから、心が常に緊張状態にあり、そりゃ生きづらいです。

だから・・・

自分を苦しめるような、ストレスになるような習慣を捨てるというアプローチをとることが、生きづらさからの解放になるのかな・・・と僕は思うんです。

もっともっと自分を楽しませる、自分をワクワクさせるような習慣を自分に再インストールしていく感じです。

  • 我慢したら、怒られない、叱られない

ではなくて・・・

  • これを我慢したら、ご褒美アイスを自分にあげよう

とかのポジティブなご褒美を設定してあげて、自分をねぎらったり、いたわったりしてあげる癖付けをしてみてほしいな・・・と思います。

 

もし我慢をすることが自分にとって好ましくないことなら、もっと自分らしい行動を取った時にご褒美をあげるとしてもいいと思います。

例えば・・・

  • 旧 … 好きな人に好意を表現しない。そう教えられたから守ることで安心する。
  • 新 … 好きな人に好意を表現する。それができた自分に、ご褒美アイスをあげる。

みたいな感じで。

生きづらい今から行きやすい未来に変えるために、行動を変える。行動を変える時は報酬もワンセットで設定してあげる。それを続ける。

頑張ってもプラマイゼロ、失敗したらマイナスになるという無茶苦茶なルール設定の世界から少しずつ自分を回避させてあげて、失敗してもプラマイゼロ、頑張ったらご褒美の世界に移行することで、生きづらさは軽減していくと思います。

 

生きづらさのレベルがそんなもんじゃねーんだわ!という事ならお力になれずにごめんなさいですが、少しでも「お!」と思う部分があったのなら、是非試してみてほしいなと思います。