読書メモブログ

読書して思ったこと・分かったこと

アウトプットがうまくなるための1つの心がけ

アウトプットをする

その目的が”対自分”なのか”対他人”なのか。
これだけで意味は大きく変わるようです。

それは「ご飯を食べる」ことを楽しむために食べるのか、「ご飯を食べることによって作られる肉体」を得るために食べるのかみたいな話で、世にある成功法則は後者の行動を増やすことを求めています。

 

京大教授が書かれた「理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書)」でも「知的消費」のための読書か「知的生産」のための読書かを意識したほうがいいということを書かれていて、つくづくそうだな・・・と思います。

そして、知的生産を実現するためには、良いアウトプットをするためには先ず自分が満たされなければいけないというのが、僕の実感です。

 

行動の対象を意識することが大切な理由

ブログを書いているのは自分の為か、誰かの為か

今こうしてブログを書いていますが、ふと自分の楽しみだけに意識が向かう時が良くあります。

気持ちが良いことを思うがままに書こうと。
そういう時はストレスが溜まっている時だったりします。

それはそれで良いのかもしれないけど、「このブログは誰かにとってのインプットでもある」ということを自分に伝え、読む人のためになることを書こうと思って書くようにしています。

 

それはつまり、僕にとって”書く”という行為は、誰かに何かを伝えるための行動という1つの目的ではなくて、書くという行為が自分の中にあるものを言葉にして外に出すことでストレスを発散するという別の目的を持つこともあるということでもあります。

書くという行為1つでも、誰のためかで目的が変わり、生み出されるものも違ったものになります。

食べるということ

食べるという行為でも同じことが当てはまります。

美味しいものをたくさん食べたい!というのは自分の欲求です。
食べる行為そのものが喜びを持っています。

でも、筋肉を効率よく付けるために食べるなどの他の目的がある時は、美味しいモノであることよりも、身体に良いものを食べるようにするはずです。

その行動がインプットのためのなのか、アウトプットのためなのかで内容が変わってきます。

自分自身が満たされているのかどうか

これは僕の勝手な主観ではありますが、内面の充実感、心の充足感というものがアウトプットの質に影響を与えるのではないかな?と思っています。

自分の心が満たされていない時。
そんな時は他者からの賞賛などが欲しくて、それを求めた行動を取ってしまうのかもしれません。

 

例えば、自慢話が多いブログ記事を書いてみたり。

でも、心が充実している時には、他者のため、みんなのために役立つ何かを提供しようという気持ちを持ちながら行動を取れるのかもしれません。

自分の心の状態で、その行動の中に含まれる目的が変わります。

 

だから、自分の心が満たされていないのに他人のための行動が取れる人なんてそうそう居ないと思います。

まずは自分の心の充足を優先させる。
それが大切だな・・・と思うんです。

つまり・・・

自分を大切にしましょうとか、先ずは自分を愛しましょうということが成功法則をまとめた書籍などには書かれていますが、それはそうしないと他人のために行動ができないからだと思います。

自分はお腹がすいて腹ペコなのに、他人にご飯をあげるなんてそうそうできないし、しなくていいはずです。

先ずは自分が満たされて、満たされた後に他人のために、だと思います。

 

行動には対自分と対他人がある。
今行っている行動は誰の為なのか。

自分が満たされないと自分の欲求を満たすことに関心が向かうので、まずは自分を満たすことを大切にする。

自分を満たせるから、他人を満たせるのだと思います。